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幕末の志士たちの筆跡(16/03) [2004]

少し前になりますが、大学の文学部の先生からこんな質問されたことがありました。「 の人に幕末の志士たちの筆跡がよく似ているのはなぜだ、と聞かれ私は専門外なので答えられなかったのだけれど、川原先生ならどう答える?」と。正直、私もそれらの筆跡にあまり関心があったわけではないので、その場は答えようがありませんでした。あとで家に帰ってきて調べてみると、確かに新撰組のメンバーなどはよく似ています。近藤勇が「剛直」、土方歳三が「流麗」な筆跡と一般に言われていますが、どうして他の武士といわれる人々のそれと比べてみると実に似かよった筆跡でした。
その書状の特徴は、速筆で線が細く、文章の後になればなる程、文字がゆるく崩れてくるタイプの書きぶりです。書状などでこれに正反対の筆跡を挙げるとしたら、忠臣蔵の大石内蔵助がそれにあたります。遅筆、肉太の線質、そして書き出しから書き終わりまで同じ調子で書き上げています。
筆跡学的な側面から見れば、近藤勇らは血気盛んな青年の書風であり、一方、大石内蔵助のそれは老練熟成の書風といえます。両者が遺した歴史上の実績を考えれば、筆跡は実に雄弁にその人の行動を物語っているといえるでしょう。
手書きの文字には、生体判別といって指紋と同じような個人の特徴となる情報が多く含まれており、世界的にみてもこれらの分野の研究は盛んです。一方日本はといえば、これだけの文字文化を誇りながら、キーボードで文字を打ち出すことには熱心ですが、手で文字を書く意味について、よく知らないか、もしくはあえて知ろうとしないのか、これらの分野の議論はおざなりの感が否めません。
近藤勇は幕末の多忙な合間を縫って、今の東京都国立市谷保のあたりまで書道を習いに行っていたそうです。毎日二時間の書の稽古が、あのような創造的な奇襲攻撃を生み出す元となったと考えてもおかしくはありません。日本人は本当に手書きをしないと海外から揶揄されて久しい昨今、そろそろこうした筆跡研究に関する鎖国を解かなくてはならない時代が到来しているように感じています。