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筆を択ぼう(2007年10月号) [2007]

子供の時以来、筆を持っていないような毛筆初心者の人には、そのおろし方や墨の
ふくませ方を目の前で見ていただくようにしています。書き始めて一、二時間経つと、
経験者の筆が書き始めた時と同じ状態であるのに対して、初心者の筆は同種の筆を同
じ程おろしたにもかかわらず、筆が根元が固まってきていることがあります。
 この原因を考えるには、一つには、墨つぎの際、墨を根元からつけ直していないと
いうこと、もう一つに筆の先端のみで塗るようにして書いているため、だんだんと筆
の根元の方から渇いていくからでしょう。筆の扱いなれてくると、筆のほんの毛先に
しか紙面に触れていないようでも、筆の根元の「腰」の部分の弾力を微妙に先に伝え
ながら質感のある線質を描いていけるものです。
 最近では中国製などの大変廉価な筆が、それこそ百円ショップなどで売られるご時
勢です。小学生が初めて筆を手にした時のように筆で紙を破らんばかりに押しつけて
書くのならそれでもよいかも知れません。しかし、いつまでもそのままでは練習をす
る意味がありません。私の生徒で最近ずい分と上達してきたな、と思うと必ずといっ
ていい程「この筆は前より質が下がってきている」と、言います。筆職人に訊いてみ
ると、材質も職人も変わっていないというし、私も昔のまだ使っていないものをおろ
してみて今のものと比べてみてもその違いがあるようにはあまり感じられません。
 筆を使いこなす技量が高まってくると、それにふさわしいだけの品質の筆がほしく
なるものです。品質の高い筆は、書き手の高い表現欲求に応えてくれるものです。例
えば軟らかい毛の代表でもある羊毛の、それも長鋒のものは、あまりにふにゃふにゃ
としているので、初心者には使いこなしきれる代物でありません。上級者は、この羊
毛の長鋒をして紙面に喰い込むような強健な筆力の線を描きせしめます。
 筆の良し悪しは見た目だけでは分からないのが難点です。上達に応じて多くの筆に
接してみるとよいでしょう。座学ばかりではなく、筆墨店に足を運ぶなどして稽古を
楽しくするようなグッズを択んでみるのも秋の書の楽しみの一つかと思います。


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