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楷書に始まって楷書に終わる(2008年3月号) [2008]

 小学校に上がると、まずは楷書体を習います。文字を習いたての子供の書きぶりは、
ぎこちなく点画がバラバラでありながらも、どこかほほえましい感じがします。長年
文字を書いていると、慣れてきて、スルスルと流れが出てくるか、またはあいまいな
書きぶりになってきます。あまり崩れてくると記号としての役割が薄れてしまうため、
公の書類では「楷書」で書くように、といった指示がついています。
 書の稽古は「楷書に始まって楷書に終わる」と言われます。基本点画の書き方、字
形を一通り習ったら、今度は、それをやや連続させる書き方の行書体、そして草書体
へと稽古を進めていきます。楷→行→草と練習をしてきた人は、流れよく書き上げる
ことの難しさを実感していることでしょう。それでもへこたれることなく行書体をマ
スターし草書へと進み、篆書や隷書まで書きこなせるようになる方もいます。
 展覧会などではこうした書体を修得した人がその力量を発揮し、書美のすばらしさ
をもって人を酔わせます。ただ一方で、「究極の書体」と言われる「楷書」の作品が
少ないことは、多くの識者が嘆くところでもあります。「楷書」は一点一画を丁寧に
書かなくてはならない書体ですが、「活字」ではありません。例えば「しんにょう」
を、活字なら「(点が二つのしんにょう) 」と書きますが、「楷書」なら「(点が
一つのしんにょう) 」と書きます。読み易い文字「活字」と、書き易い文字「手書
き文字」とは異なります。楷書の難しい点は、それを美しく書こうとするならば、一
点一画を欠かすことなく正確に書きながら、同時に行草体にあるような「流れ」や
「抑揚」などといった要素を微妙に加えていかなくてはならないというところにあり
ます。この匙加減は大変難しく、楷書の奥深さは底なしかと思われる程です。
 楷書から始めて、行書、草書を知り、それを乗り越え、再び楷書に戻ってきたとき、
楷書にとり組むことが面白いと感じるか、面倒と感じるかは、書を学ぶ上での大きな
峠であるに違いありません。