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書き終わり時(どき)を大切に(2009年7月号) [2009]

 もう少しで終り、という時に失敗しやすいもので、「百里を行く者は九十を半ばとす」(戦国策―秦策・武王)とはよく言ったものです。水泳の北島康介選手も最後の五メートルの泳ぎが雑になり、タイムが伸び悩んだことがあったそうです。そこで壁にタッチをして終りと考えずに、タッチをして、後ろを振り返り、電光掲示板でタイムを確認したところで「終り」と考えることにしたら、タイムが良くなったといいます。
 賞状やあて名書きなどをしていると、最後の方で思わぬ失敗をすることがあります。また、習字に不慣れな人は、よく半紙の最後の一文字を入れるのが難しいと感想を述べます。なぜこうも、「もう少しで終り」という時が問題になるのでしょうか。
 このなぜかを私なりに分析してみるとすれば、第一に、もう少しで終わるということで気持ちが弛み、注意力が散漫になるため。第二に、もう少しで終りなのだから、徐々にスピードを落としていくが如く、今迄とは違ったリズムが自然と体や心に作用していき、調子が狂うから。第三に、最後を締めくくるにあたり、全体を総括しようという思いが起こり、全体を振り返ることに気を奪われるので。
 それでは実際に、習字の上ではどのような点に留意をして練習をすればよいのでしょうか。まず、一文字を書き終わっても、ポンと筆を急いで上げず、「止め」にせよ「ハネ」にせよ、「払い」にせよ、筆を持ち上げて三つ数えたら「終り」というようにしてみてください。このような練習を重ねると、まずは点画どうしの「気脈」が通るようになってきます。また賞状、あて名書き、多字数の書作品作りに際しては、書き終わる間近のところで一呼吸おき、それこそ折り返し地点までしか来ていない心持ちで最後の仕上げに取りかかるようにします。私も経験上、作品の出来がよいと、最後の一筆が紙面から離れてからのまだ書き続けているような余韻の時間が長いのを感じています。
 書き終わり時を大切にすることは、書の稽古の中のみならず、もう少しで終り、という場面で力を発揮する能力を養うことにも通じています。限られた稽古の時間をぜひ有効に生かして下さい。