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旧字体の知恵(2009年8月号) [2009]

 現在の日本国憲法が公布されたのは終戦から一年三ヵ月後の昭和二十一年十一月三日のこと。この二日後に、漢字一八五〇文字は国語審議会総会で正式に決定されます。事実、日本国憲法は当用漢字ばかりで書かれました。現在我々が日常使用している常用漢字一九四五文字は、燈→灯の一文字の字体の変更を除き、当用漢字の字体を継承しています。
 旧字体から当用漢字に移行する際、約四〇〇文字の字体が簡略化されました。これは漢字がアルファベットに比べ繁体で、これを習得するのに大きな労力が費やされることや、当時まだ印刷の精度の低かった頃、文字がつぶれてしまうことなどから、以前より日本の文字の字体改革が懸案とされてきており、終戦を機に大きく変えられる
こととなったわけです。例えば、弁護士・医者なども、旧字体で書けば、辯護士・醫者と書きます。ちなみに「弁」は古く男子の礼装に用いた冠の一種や、急ぐ(例えば「弁行」など)などが本来の意味です。辨理士、花瓣、辮髪なども今はすべて弁と簡単に書いていますが、旧字体で表わすと、その意味内容がその漢字を見ただけで分かるような気がします。
 「醫」の字も、分解すると「医」は声を、「殳」は柄のあるナイフを、「酉」は酒、すなわちアルコールをそれぞれ表します。つまり、医者とはアルコールや薬で消毒し、メスを使って手術を施し、声をかけて病気を治すのが役割というわけです。最近の医者は、薬を使うことと手術をすることは熱心なようですが、診察に訪れると、顔はパソコンの画面と向き合ったまま、手はキーボードに触れてばかりで、あまり声をかけることに重きをおいていないようです。医の大切な鼎である薬とメスと声かけの中で、この声を忘れたばかりに医術が全うされず、直る病気も直らなかったりトラブルに陥ることさえあります。
 旧字体は、「本字(ほんじ)」、「正字(せいじ)」とも呼ばれます。人が一生のあいだで使用する漢字はおよそ二千文字といわれ、常用漢字でほとんどをカバーしています。ただし、五万字という漢字全体の体系から見れば、新しい字体は「現住所」であり、旧字体は「本籍」のような性格の違いがあります。文字が本来持っている古の智恵に触れ、それを書きしたためてみるということは、世の中の環境が目まぐるしく変わっていく今だからこそ大切になってくる行いであるに違いありません。