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手本を書いて見せることについて(2013年9月号) [2013]

 近頃の学校の書道の授業では、筆の扱い方や、運筆法をビデオで生徒に見せ、どのように書くのか手本を示すというのがよく行われるようになったと聞きます。大勢の生徒に集まってもらい教師が手本を書いてみせると、どうしても見えづらい人がでてきたり、また、あまり書道の得意でない教師に完成度の低い手本を示範されるよりも、最高の書きぶりを、生徒全員が絶妙な角度から見ることが出来るという利点もあるからでしょう。
 ビデオを利用したこの指導法は、学ぶ側にとって、果たしていいことずくめなのか、考える余地があります。「ミラーニューロン」という言葉をご存知でしょうか。ミラーニューロンとは、相手の動きや声を見聞きしているとき、まるで鏡に写っているがごとく同じ活動しているような脳の働きを促す脳神経細胞のことです。これは十数年前に、イタリアのパルマ大学のサルの実験によって発見され、その後、人間にも存在することが確認されています。
 このミラーニューロンのことをはじめて聞いたとき、私は山本五十六の言葉、「してみせて、言って聞かせて、やらせてみせて、それで褒めれば人は動く」を想い出しました。山本五十六といえば、戦前の海軍大将。有無を言わせぬ高圧的な指揮力で部下を統率していてもおかしくないところ、実際には極めて繊細で丁寧な指導をしていたことがこの言葉からは感じとれます。指導する側が範を示し、説明し、実際に動いてもらい、それでよし、というGOのサインを出す。そうすれば脳は「学習」を開始します。脳はそのように出来ているのです。
 書道の手本に話を戻すと、それではビデオを見せても同じではないか、と思われるかもしれません。ビデオと、実際にその場の先生が手本を書くのとは二つ違う点があります。それは第一に、場の空気が生徒の脳を動かすか、という点です。ビデオなら、あくびをして見ていても構わないでしょう。手本を目の前で書くことは、書き方と同時に、書き手の集中力とも同時に対話をしていることになります。第二は、先生が成長していけるかということです。何十年もの時間、多大な労力を賭して勤める仕事です。素人と玄人の違いは、この絶対的な時間と労力の差にあります。週一回の書道の時間でも毎回手本を書き続ければ一年、数十年の積み重ねで、千回を越えるはずです。それは教師にとっても大きな指導力という財産になるはずです。
 ビデオのスイッチを押し続けるか、労して手本を書くかの違いは、成長しつづける教師を提供するという点でも学校と保護者がもっと真剣に話し合っていかなくてはならないことかと思います。