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普段の字を上手にするには(2015年9月号) [2015]

 習字の稽古を始めてしばらくして、手本を見て書けばある程度書ける、といった位上達したとします。それでも普段の字は、もとに戻ってしまう、という声をよく聞きます。
 この「実り」では、まずは、手本を参考に、まっすぐ、まとまりよく、まちがいなく、といった三つの「ま」に留意して練習します。書体、書式の難度を徐々に上げていきながら、ある一定のレベルに達すると、「自運」という、手本のない課題に挑戦することになります。この「自運」は、活字で提示された課題を手書き文字に直し、配字、字粒などを自分の頭で考えて書き上げなくてはなりません。手本がないからといって勝手に書いてよいというわけではなく、大きすぎ、小さすぎ、長すぎ、短すぎ、太すぎ、細すぎ、逆にこれらのメリハリをつけなさすぎの「すぎ」に気をつけながら、前出の三つの「ま」を守ります。
 このように、段々と少しずつ難しい課題に取り組んでいくことによって、確かな実力が身につくよう、この「実り」は作られています。しかしながら、この「実り」の課題をこなすだけで、おしまいにしてはいけません。「実り」には、実用の「実」と「成果を実らせる」の「実」二つの意味が込められています。身についた力を実際の場面で生かすことが出来てこそ、この「実り」で学ぶ意義があるのです。
 自分で考えた言葉を書くことを「自発書字」と言います。脳は大別すると三層に出来ていて、最深部の脳幹は、人の生命を維持する機能を、中間の大脳辺縁系は、感情や欲求を産出する機能を、一番外側の大脳皮質は、言語、判断、注意、学習、抑制など、人間らしい高次な機能を司ります。大脳辺縁系から沸き上がる思いを、大脳皮質の言語化機能で文字にするのが「自発書字」です。「自運」よりも、言葉自体を自分で産み出さなくてはならないのですから、さらに広く脳を使い、難度も上がります。
 灯火親しむの候、これから書をするに最も適した季節がやってきます。日頃、培った書の力量を、自分の言葉に乗せて書き綴ってみてください。普段の字の上達は、こうした書の生活習慣から少しずつ会得されていくものです。