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季節を愛でる書の学び(2016年3月号) [2016]

 寒い冬が過ぎ、春の気配が感じられるようになりました。書を学んでいると、季節の移ろいに敏感になります。手紙一つしたためるにしても、まずは時候の挨拶を書きます。二十四節気は重宝する言葉です。一年を二十四の季節に分け、「拝啓 春分の候」など、使い勝手のよいものです。これをさらに細分化したのが、七十二候です。七十二候は、二十四節気の各一気を、それぞれ初候、次候、末候のおよそ五日ずつに分けます。二十四節気同様、それぞれに名称があり、啓蟄(新暦の三月六日ごろ)は、「蟄虫啓戸」「桃始笑」「菜虫化蝶」といった趣深い言葉があてられています。
 和歌や俳句を書く際には、季節感が大切です。花鳥風月を愛でる心は、書に必須の要件ともいえます。例えば、春分を過ぎた頃、しとしとと降る長雨のことを霖雨と呼びます。丁度、菜の花の開花期に当たるので菜種梅雨とも言います。同じ長雨でも、春霖が、日一日と草木を成長させる恵みの雨であるのに対し、秋霖は冷たく、しけ寒、秋湿りといった呼び方をします。風一つとってみても、その表現には、それこそ風情があります。梅雨明け以降の、白い絹雲が空に流れる盛夏の頃の風の呼称に「茅花流」がありますが、南風に茅花がいっせいになびくようすが想起されます。風は目に見えることはありませんが、季節の花のようすに風を美しく表現しています。月にも様々な表情があります。中秋の名月は有名ですが、「十六夜」も一興です。十五夜より、やや遅れて出るので、ためらいながら出る月の意で、「いざよう月」ともいいます。これからの季節は朧月が楽しめます。春は水蒸気が月を包んで、朦朧とするため、秋の冴えわたった月とは違い、柔らかなようすが季節の妙を感じさせてくれます。
 日本の四季にはそれぞれ美しさがあります。少し足を伸ばして名所・旧蹟を訪れれば、文学碑や門標が目にとまることでしょう。伝統的な日本の書を理解するためには、変体仮名や歴史的仮名遣い、草書体や異体字など、学ばなくてはならないことは沢山ありますが、四季の言葉をしたため、また鑑賞することは、豊かな美意識と触れ合うことでもあります。これからは桜の頃です。季節を愛でつつ、ぜひそれを書の学びにつなげていって下さい。