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子供の声と書(2016年6月号) [2016]

 「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ」……これは十二世紀後半、後白河法皇が撰した梁塵秘抄の中に見える和歌です。この和歌の解釈には諸説微妙な違いはあるにせよ、子供の声を愛して止まぬ作者の心情を表しているという点に異論はありません。
 歩行者天国の音の大きさの種別を測ったところ、一番大きな音量を発しているのは子供の声だったという結果があります。最近、子供の声を騒音として捉える向きがあり、心配しています。例えば大勢の人が談笑するパーティー会場や、様々な音が入り乱れる雑踏の中でも、人は自分の話したい相手の声を聞き分けることが出来ます。音の強弱や遠近にかかわらず、特定の音を選択的に聞き取れる現象をカクテルパーティー効果といいます。このような聞き取りは、両耳ならもちろん、片耳で聴いた場合でも容易に出来ますが、同じ状況を録音して後で聞き直した場合、ノイズが多過ぎて、聞き取りが難しくなってしまいます。こうした人間の脳の能力に現在注目が集まっています。外界から知覚される情報を分析し、自らを社会に位置づけていく「社会脳」と呼ばれる能力です。社会脳は、特定の部位が支えているのではなく、いくつかの部位が連携して機能するもので、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)と呼ばれています。
 このDMNは前頭葉から頭頂葉、側頭葉にまたがり、何もせずぼんやりとしていると活発化するというユニークな特徴を持っています。座禅などは一見何もしていないようでも心の鍛錬に有効だということです。逆にスマホをいじったり、インターネットを見ていたりする時は、このDMNが機能しなくなるという研究があります。書は脳の様々な領域の連携を促す活動です。心静かに筆を執ることは、便利な機械にいやがおうでも接触せざるをえない現代人の、欠くべからざる栄養ともいえるでしょう。
 以前は、電車の中に遠足に出掛ける小学生が多勢乗ってくるとワイワイガヤガヤと車両が急にパーッと明るくなったものです。行楽の頃かと季節を愛でつつ、元気をもらったものです。この十年でしょうか、車内では子供達が押し黙ることを強いられる昨今、問題は別のところにあるのではないかと案ずるこのごろです。