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本心を養う(2018年9月号) [2018]

 先日、行きつけの燃料店に寄ったら、焚木が山積みにされていました。店主曰く、庭などで、ちょろちょろと燃やして楽しむ人が増えているとのこと。知人の高校教諭の勤務校では、修学旅行で無人島で暮らすコースが出来たとのこと。物や情報の溢れる現代において、かえって、まるで原始の頃のような暮らしに時間と金を費やし、楽しんでいる人が増えています。
 室町時代の僧、一休宗純の詩に、こんな一節があります。「道に学び、禅に参じては、本心を失う。漁歌の一曲、価千金。」室町時代の漁師といえば、読み書きといった教育を受けていなかったはずです。高い学識のある一休をして、その漁歌に千金の価があると言わしめたのはなぜでしょうか。
 脳科学の視点から考えてみましょう。人間の脳は大きく三層から出来ています。脳の一番外側にある数ミリの大脳皮質が、学習、思考、判断、注意、抑制などといった高次な機能を司ります。その内側の大脳辺縁系は、別名ワニの脳などと呼ばれるところで、生物が生きていくための生存本能を司る領域です。言い換えれば、人が生きていくための本能、つまり本心を司る領域とも言えます。ちなみに最深部の三層目は、呼吸や心臓の動きなどを司る生命維持のための領域になります。
 大脳辺縁系の働きは、例えば、おいしそうなものを見つけたらそれを採ろうとしたりする能力です。幼年の頃の梨もぎや芋掘りなどは、まさにこの領域を育むものであり、未成熟な子供にとって、こうした行事は脳全体の成長にふさわしい活動であるに違いありません。
 生きるために人間は狩猟や漁労、採集を行ってきました。これは人類七百万年の歴史の中で培われてきた営みです。それがここ最近、生きるために水や食料を得ることと、人の行動との関係が急速に希薄になってきています。大脳辺縁系の活動は、人間が生きようとするエネルギーの源です。生きるために人はどのようにすればよいか考え手を動かし、動植物を捕えてきました。手の動きは大脳皮質の活動を大きく促します。手の動きと生きることのつながりが見えづらくなった現代は、脳や心のバランスをとりづらい時代であるともいえます。一休のように一歩立ち止まり、漁歌の一曲に耳を傾けるのもよいかもしれません。