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文字と文明そして書(2019年5月号) [2019]

 歴史を大きく分けるとしたら、文字による記録の残る有史時代と、それ以前の先史時代の二つになります。人類は文字を発明することにより時間と空間を超えて、その英知を伝達、蓄積し文明を発達させていきます。これはある意味で情報通信革命といえるでしょう。
 人類が文字を使い始めたのは、今からおよそ五千年程前、メソポタミアやエジプトなどとされています。文法を伴わないマークや記号の類に至っては一万年程前から確認されています。人類が数百万年にわたる狩猟、採集といったその日暮らしから農耕、牧畜の生活を始めたのも、ちょうどこの頃です。最後の氷河期が終わり、人が生きていくのに以前より楽に生活出来るようになったのにもかかわらず、未来を考え、種を蒔き始めるのです。学校の教科書などでは、余剰生産物の発生が社会の階層化を生み出したとしています。農耕や牧畜の起源については多くの研究がなされてきましたが、実のところ、こうした営みが発生した過程を証拠立てる確かなデータはなく、真相はいまだ闇の中です。
 書字と脳の研究をしていると文字を「書く」という行為は空間の構築性、リズム性、手の細かい動き、言葉の使用など、異なる脳の領域を同時に広く使用し、結果、その並列的な処理の中枢を担う前頭前野の機能の使用を促す、ということが分かります。この前頭前野の機能の中には「創造」や「推論」「計画」などといった「先のことを推量して今何をしたらよいかを考える」機能があり
ます。人類が文字を持ち得たことが、その伝達、記録という面だけではなく、それを「書く」ことによって人間の高次な機能を獲得し、文明を高めていったと考えた方が、色々な面でつじつまが合います。例えば何の脈絡もなく出現しては消えていった高度な文明など、文字の持つ伝達や記録の機能だけでは説明しえない事象も証明可能となります。
 現在の情報通信革命は、人類が文字を手に入れた頃と異なり、複雑なコンピュータ技術によって支えられています。情報を人や社会の為に有益に活かすか否かは結局のところ人の心なり、脳に委ねられているはずです。高度に発達したコンピュータに仕事を奪われたり、コントロールされるのではないかと心配されるなら、文字を手書きすることについて、今一度考えてみるのもよいかと思います。