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書字と脳の研究発表を了えて(2019年6月号) [2019]

 三年程前から始めた書字と脳に関する実験の初めての発表を了えることが出来ました。この研究は手書きと、パソコンを用いたタイピング書字における大脳皮質の活動のようすを観察したもので、実験の課題の選定や被験者三十余名のデータの測定、解析など、質量共に国内外に類を見ない実験となりました。このような大がかりな実験はとても個人で行えるものではありません。複数の大学の研究室を始め脳科学者、医師、言語聴覚士、統計解析の専門家等多くの方々の御助言、御協力を賜りました。学究人の真摯な姿勢には頭が下がるばかりです。
 脳は領域によってそれぞれ役割が異なっており、今回はその三十七ヶ所の活動を同時に測定しました。データの量が膨大であり、今のところ三十七ヶ所中ブローカ野(言語中枢)周辺の一ヶ所のみの解析です。興味深い点は、このブローカ野周辺において「文字を写す」という行為では、さほど差のなかった言語野周辺の活動が、「作文」になると手書きの方がタイピングの二倍程活発になるというところです。つまり、言語能力を高めるような教育をしようとするのならタイピングよりも手書きした方が効果的である可能性がこの実験から示唆されるわけです。人間の活動は、その行為が獲得されるまでは大脳を用いますが、それが自動化された熟知運動になると、小脳の活動となってしまいます。手書きはタイピングと異なり、手指の細かい運動やリズム感、空間の構築性を伴います。そのためタイピングよりもはるかに小脳の活動となりにくい側面があります。
 私が、書字と脳の研究を始めたのは十七年程前のことになります。今回発表をして、経験や理論のみではなく自ら集めたデータを元に研究を進めていくことの大切さに改めて気付かされました。また発表を重ねる度に、参加した方々から有益な御質問、御感想をいただけることが大きな財産となっています。今後も日本の文字を手書きすることについて、それぞれの分野の方々に適切な説明をし、ご理解いただけるよう努力を重ねていくつもりです。会員の皆様も機会があれば、御参会心よりお待ち申し上げております。