SSブログ

落款を大切に(2020年6月号) [2020]

作品を書いた後、年月日や詩文の作品名、題名、自分の名前や印を押します。これを総称して落款(らっかん)と呼びます。子供の作品でも、学年、名前などと書きますが、もちろんこれも落款です。「落款全幅を破る」という言葉があります。これは落款で失敗すると、作品全体が台無しになるということで、落款の書きぶりは作品全体の出来を大きく左右するものです。
 それではよき落款とは何かと問われれば、上手に書けていればよい、といった単純なものではありません。例えば大きさや位置です。本文より落款の文字の字粒の方が大きければ主客転倒となってしまいます。また日付や作品名の上に自分の名前を書いては不遜の謗そしりは免れないでしょう。書体にも注意しなくてはなりません。一般に本文より落款は書体を落とすことが通例で、楷書作品なら楷書か行書で、行書作品なら行書か草書で書くものです。
 さらに作者名を書くにもマナーがあります。これはいわば上級者向けなのですが、例えば王維の詩を書くときに「王維詩」とはせず「王右丞詩(おううじょうし)」とします。これは本名で呼ぶことを非礼とし、作者の通称や号を書くという習わしがあるからです。杜甫を「杜少陵(としょうりょう)」としたり、陶淵明を「五柳先生(ごりゅうせんせい)」と書くのはこのためです。
 年月日の書き方も色々とあります。「令和二年六月一日」なら「歳在令和上章困敦鳴神月朔」などと書き表すこともあります。「歳在」は「年の頃は」の意味で、「上章」は十干の「庚」、「困敦」は十二支の「子」にあたります。「鳴神月」は旧暦六月の別称です。「朔(さく)」は月の始めの日を指します。ただ見慣れた文字が連なるよりも、本文の文学性との調和を図るのです。
 落款印への配慮も重要です。祝賀の詩歌などには明るい色の印泥を使うなどその色の表現が意味を持ってきます。引首印を選ぶにせよ作品の内容との調和について吟味をしなくてはなりません。書は文学的にも奥深く教養を必要とし、また位置や大きさ、形に対する意味づけなどといった造形、空間的な芸術的感覚も同時に求められます。落款のことも考え併せながら作品完成度の向上を目指せば、より書のフィールドが広がること間違いなしです。