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執筆法の?(2020年8月号) [2020]

 テレビで時代物などを扱っている映像を観ていると筆の持ち方が気になることがあります。手紙といった小さい文字を書く場面で、侍が大げさに肘を上げて執筆している様子はいささか違和感を覚えずにはいられません。
 江戸時代、寺子屋の隆盛と共に多くの有能な書道教育者が現れ著書を遺しています。大江玄圃(お おえげんぼ・一七二九~一七九四)は京都の人で、その著『間合早学問』で執筆法について以下のように述べています。―――手習をなす左の手を右の腕にしきて書(かく)を枕腕(ちんわん)といふ。細字の書法なり。肘(ひじ)を案(あん・机のこと)につけて腕をうけて書を提腕(ていわん)といふ。肘をはりて書を懸腕(けんわん)といふ。大字をかく法なり。
―――また、貝原益軒(かいばらえきけん・一六三〇~一七一四)は福岡の人で、その著『和俗童子訓』で―――腕法三あり、枕腕あり、提腕あり、懸腕あり。枕腕は左の手を右の手の下に枕にさする也。是(これ)小字をかく法也。提腕は肘はつくゑにつけて腕をあげてかく也。是中字を書く法也。懸腕は腕をあげて空中にかく也。是大字をかく法也。―――つまり手紙などの小さい文字を書く場面では、枕腕もしくは提腕がふさわしいということです。
 それでは大字、中字、小字のサイズはどの位なのでしょうか。沢田東江(さ わだとうとう・一七三二~一七九六)は江戸の人で、『書話』において―――世に毛辺紙(もうへんし)一張(半紙一枚のこと)へ二三字ほど書かきたるを大字といへど、中華にては字形三四寸より已上(いじょう)を皆大字といふ。(中略)字形一寸ほどより中字といふ。虞世南の孔子廟堂の碑、欧陽詢が醴泉の銘の類をいふ。二三分なるを小楷といふ。羲之の楽毅論、東方朔画像の賛、黄庭経、孝女曹娥の碑文のごときをいふ。
―――一寸は約三センチメートル、一分は約三ミリですから、これによれば大字は一辺九~十二センチ以上の文字、これより小さく一辺三センチほど迄が中字、さらに小さくなれば小字の部類となり、一辺六~九ミリともなれば、まさしく細字となるわけです。
 筆を持って文字を書くことは、文字のタイピングが全盛の時代、遠い昔の作法と現代の人には写っているのかも知れません。テレビや映画などは多くの人が目にし後世迄残る媒体だけに、書の姿を正しく伝えていただければと感じています。