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手書き文字のイントネーション性とは(2021年7月号) [2021]

 文字は、その形によって意味や音を表わす視覚言語です。音声言語に音の高低やリズム性を加えることをイントネーションと言います。音声言語におけるイントネーションは、例えば「~さんは山に行った」と話す際、その語尾が上がるか下がるかによって、事実を述べているか、疑問を投げかけているか、その内容が変わってきます。また、「ありがとう」と言葉を発するにせよ、その調子(トーン)、つまりイントネーションで、この言葉の持つニュアンスが変わってきます。このように音声言語のイントネーションは、その発せられた言葉の意味内容に直接関わってきます。
 一方、手書き文字においても、このイントネーション性は同じ価値が認められるでしょうか。楷書体などは、トン・スー・トンといった三折法に見られるようなリズム性が加わってきます。手書きにおけるイントネーション性は、書かれた文字の抑揚や緩急遅速の度合によって、その意味内容に変化が生ずるものではありません。例えば、丁寧に書く、乱雑に書く、力強く書く、などといった書表現は、書き手の心のあり方を写すものの、これも音声言語のように言葉の意味内容の違いにまで影響を与えることはありません。
 文字を手書きする際には、話すのと異なり、手指の細かい動き、空間の構築性、文字性が加わってきます。例えば「の」の文字を書くとしましょう。これを描くには、三六〇度の方向感覚の把握に加え、筆圧を強めたり弱めたりといった連続性のある抑揚運動、すなわちイントネーション性が加わってきます。手書きにおけるイントネーション性は、音声言語と違い、複雑な脳の並列的な活動を行っているかという側面が注目されるわけです。こうした全脳的な行為であるからこそ「書は人なり」なのです。
 タッチタイピングには、もちろんこのイントネーション性は表現されるものではなく、また必要とされません。連続性(筆脈)、立体性(抑揚)を伴った楷、行、草の文字を多くの人々が書き始めた頃、大陸は盛唐の時代を迎えています。手書きの文字を表情豊かに美しく書くことは、文化や社会経済の発展に大きく関連しているはずです。