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現代において日本語を手書きするということ(2022年1月号) [2022]

 明治の頃、西洋文明を積極的に採り入れた日本は、「書」の扱いをどうしたものかと考えました。西洋には筆で文字を書き、それを美術品とみなす習慣がなかったからです。江戸時代、世界的な封建の時代、日本は唯一、百万人都市江戸を実現しています。寺子屋といった庶民の教育機関や、そこで学ぶ生徒の数は、これも世界で群を抜くものでした。その功績がクローズアップされている渋沢栄一も寺子屋の出身です。寺子屋での日課のほとんどは毛筆で文字を習うことにあてられており、渋沢自身も生涯書を能くしました。
 翻って現代、文字を手書きすることは人間の脳に一体どのような影響があるのか国境を超えて研究が進んでいます。その手段はMRIや脳波計によるものなど様々です。我々もNIRSといった近赤外線を用いた研究をしていますが、興味深いデータが示されています。例えばパソコンのキーボードで文字を打つよりも、手書きした方が脳の左前頭葉の活動が大きく活発化します。このデータを読み解くに、手指の動きの大きさの影響ではないかとか、慣れの問題はどうかなどと指摘を受けますが、それを解析に加えても、やはり左前頭葉の活動の大きさは変わりません。左前頭葉は言語を始め、注意や判断、意欲、創造、抑制、情操などといった人間の高次な機能が集中しています。目に見えず、またそれ自体知覚のない脳についての話しなのでピンとこないかもしれませんが、これらの研究は着実に進んでおり、いずれ我々の日常に反映されていくことでしょう。
 此度、本会の教務担当役員で総師範の川原名海先生が「こころが落ちつくペン書道」(アーク出版刊)を上梓しました。「書道」というと墨や筆などを準備しておもむろにとりかかるといった、やや敷居の高いイメージがあるかもしれませんが、ペン字なら身近な筆記具であり、毛筆より気軽にとりかかれます。日本の言葉を美しく手書きすることの大切さが上手に説かれており、書から遠ざかっていた人にも手書きの世界へとやさしく導いてくれます。共に書字と脳の研究を行っている各界でご活躍中の先生方も専門領域の視点から、また自身が書とどう向き合っていくかという目線で分かり易くコメントを寄せてくれています。ぜひ手にとってご覧下さい。
 西洋のアルファベットをタイピングする場合、漢字でいえば、まず、その漢字を構成する始めの点画(部首)を入力することになるわけです。日本語の場合、その文字の「音」を入力し選択となります。日本語は手書きすると世界で最も高度であり、それは芸術の域に迄達する程奥深く、タイピングとなると脳の活動としては相当簡易な言語となります。
 日本人の空気のような存在である日本語です。この素晴らしさや大切さにはなかなか気付かないものです。日本の文字を美しく書こうとする意味について多くの人が考え始める、そんな年になるようにと祈念しています。

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