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東京書藝展出品作品制作のあらまし(2016年2月号) [2016]

 四年に一度の東京書藝展が今年の九月二十八日(水)~十月二日(日)の五日にわたり、東京池袋の東京芸術劇場で開催されます。芸術劇場での開催も五回目となり、歳月の流れの早さを感じると共に、毎回の展覧会のようすが鮮やかに想い起こされます。
 稽古を始めると、まず手本を見て、それとそっくりに書けるよう訓練をします。学習が進むと、今度は活字で書かれた課題を自運で書く段階に入ります。自運課題だからといって、まったく自由に書いていいというわけではありません。美しく書くということはどういうことなのか、くせ字と書風とは何が違うのかを考えて取り組まなくてはなりません。次の段階では、課題も自由となります。課題を選ぶこと自体が、まず課題になってしまうのですから、応用編に違いありません。これが展覧会の位置づけともいえます。
 それなら私は、まだ手本を写して練習をする段階だから展覧会出品なんてまだ早い、と考えるのは早計です。書は生活に密着した実用の技が芸術にまで昇華する大変奥の深い分野です。好きな言葉や詩歌を選び、それを書作品として書き上げることで、毎月の課題の練習では得られない達成感が得られます。こうした経験は、日々の稽古の糧となり還ってくるものです。出来ることなら少し背伸びをした作品に挑戦することをお薦めします。一汗かいた作品には必ず光るものがあるからです。作品の題材、製作の手順については指導の先生に相談をしてみて下さい。また、以前の書藝展の図録を参考にして自分の作品をイメージしてみるのもよいでしょう。
 展覧会は一種日常とは異なった、まるでお祭りのような高揚感に溢れています。日頃この「実り」の誌上でしか見ることのなかった作品を直に鑑賞することが出来ます。「書」の世界には、紙の質感、微妙な墨色や香り、表装との調和など、実物からのみ得られる豊かな側面があります。展覧会は、これらを含めて書の表現があるということを知るチャンスでもあります。
 ボタン一つで何もかもが解決してしまいそうな昨今、自身と静かに向き合い、労して獲得することをぜひ大切にして下さい。会員皆様の作品にお目にかかれますこと今から楽しみにしています。

筆圧について(2016年1月号) [2016]

 あけましておめでとうございます。昨年暮れには表彰式で大勢の会員の方々とお会い出来ましたこと嬉しく思います。今年、更なる飛躍がありますよう祈念しております。
 最近、子供達の筆圧が弱くなってきているとよく聞くようになりました。筆圧とは、線の強さのことです。私が添削指導する際に気付くことなのですが、生徒の作品の中で他よりも線の弱い文字があるとします。この字は苦手な文字でしょう、と問うとだいたい当たります。また、普段めったに書かないような文字が課題として出題されると、その字だけが他より細くなる傾向が全体でも見られます。腕力が強ければ、筆圧の強い文字が書ける、というわけではないのです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
 文字を書くには、筆記具から手にかかってくる筆圧を感じ、それを運筆のエネルギーに変えます。人間には五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)がありますが、欧米では、六感まであって、それが圧覚です。「手は外部の脳」といわれます。手は外界からの情報を察知し、それをコントロールします。また、皮膚は「露出した脳」ともいわれます。動物の起源をたどると、ゾウリムシやアメーバといった単細胞生物にさかのぼれます。これらの生物は、細胞膜が外の世界を知覚し、行動を判断し、決定する役割をもっています。脳がない単純な生物でも、皮膚に相当する細胞膜が、脳と同じような働きをしているのです。つまり、皮膚は単なる膜ではなく、脳の機能も備わっているのです。
 特に「手のひら」の感覚は敏感です。手をおおう皮膚は後面(背部)が薄く0.4㍉であるのに対し、前面(腹部)は0.7㍉と分厚くなっています。皮膚には感覚神経線維の末端が集中しています。文字を手書きする場合、言葉の読みと意味を考え、形を想起し、運筆のリズム、配字、字粒、細かい線のかきぶりにも同時に配慮しなくてはなりません。これらのことに気をとられていれば、その分、圧覚に注がれるべき脳の活動は弱くなるわけです。つまり、美しく力強い文字を書くためには、脳の様々な領域を並列的に動かさなければならないということです。
 「一」の線をトン・スー・トンとリズムよく書くにしても、手の圧覚が鋭くなければ、うねりが出てしまうものです。古人が、「脳の中身が描き出す絵」と呼んだこの手書きの文字の異変に世間の関心が向けられようとしています。手で文字を書くことが、人間にとってどういう意味を持つかについて、より多くの人が考え始める、そんな年になればと願っております。

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