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和の文化の華やぎを楽しもう(2008年2月号) [2008]

改めて和の文化のみやびさに心洗われた思いがしました。今、東京国立博物館では
「宮廷のみやびー近衞家千年の名宝」が開かれています。近衞家は、遠祖藤原鎌足以
来、藤原道長、頼通など連綿と続いてきた藤原氏の嫡流で、摂政や関白の重責を担う
五摂家の筆頭でした。その歴史を物語る重要な文書、記録、宝物は、歴代の当主によっ
て守られてきました。こうした文化財を保存継承しているのが、昭和十三年に二十九
代当主近衞文麿(一八九一~一九四五)が設立した陽明文庫です。
 今回の展覧会は、陽明文庫創立七十周年を記念して企画されました。道長自筆の
「御堂関白記」(国宝)や、平安朝屈指の古筆の名品「倭漢抄」(国宝)などを始め
とし、近衞家の名宝が一度に俯瞰できる初の展覧会として注目を集めています。
 私も、いまだ書籍の中でしか観たことがないような書の名品を実際に間近に目にす
ることが出来、実物からでしか感じとれないようなその迫力に固唾を飲みました。ま
た、今回のテーマである「みやび」さを文字どおり体験したかのような人物が江戸中
期の当主、近衞家 (予楽院)です。家 は博学、多芸多才で知られ、その好みは、
華美でありながら繊細で品があります。忘れてならない事に、このような宮廷文化に
欠かせないのが「書」だということです。貴族の男女の日課の中で「書道」が大変重
要な位置を占めていました。展示品の中にも、家 が熱心に書を学んだことを窺わせ
る古典の臨書をしたものが展示されていました。
 特に今回は、陽明文庫文庫長の名和修氏や東京国立博物館の文化財部長の鳥谷弘幸
氏に拝眉する機会もあり、文化財の持てる意義や、それを鑑賞する視点などについて、
多くの示唆を得ることができました。鳥谷氏の専門は「書」で、「書」に興味がある
方なら収穫の多い展覧会になっています。
 そういえば今年の 大河ドラマの主人公「篤姫」も近衞家の養女でした。近衞
家の名宝を愛でつつ、和のみやびの歴史を探っていくことも「書」の学習を楽しくし
ていくいい手かも知れません。


つらくてもした方がよいこと、楽しくてもすべきでないこと(2008年1月号) [2008]

あけましておめでとうございます。本会も今年で創立三十周年という大きな節目を迎
えました。身の回りの環境の目まぐるしく変化する昨今、本会も蓄積してきた書の知
識を社会に還元していかなくてはない時節が到来していると感じております。
 教育の環境一つをとってみても、一方で英語特区があるかと思ったら、一方で日本
語特区がある始末です。子供達がまるで大きな実験台に乗せられているような感じが
しながらも、それを容認せざるを得ない難しい時代を今、我々は生きています。
 長い間、書の指導者をしていると、色々な経験をするものです。中でも強く記憶に
残っているのは、習字がつらくて仕方がない、と泣き出してしまう人が大人でもけっ
こう多いということです。そもそも習字という作業は文法、語彙、空間認知、指の細
かな動き、記憶、等々…あらゆる脳の能力を並列的に使用することを指向する、人の
行為としては極めて特殊な行為です。ですから、脳への負担は大きく、楽しいからす
るというものではありません。ただし、これをなすことにより情緒、コミュニケーショ
ン能力、判断…などといった生物の中で人間のみに備わる大切な能力が育まれてきま
す。
 例えば熱い鍋にさわって熱くてもがまんしていたらやけどをしてしまうように、が
まんしなくてもいいことはもちろんあります。一方、楽しいからといって酒ばかり飲
んでいれば病気になります。「書」が楽しくてしょうがない、という人も中にはいま
すが、少しぐらいしんどいとか、もうやめたいという人の方が圧倒的に多く、歯をく
いしばってがんばっている人程、着実に高みに登っていきます。
 つらくてもした方がよいことと、楽しくてもすべきでないことは、往々にして判断
に悩むところでもあります。つきつめて考えれば、こうした判断を自らなせる人こそ
が真の意味で自立した人間であるといえるでしょう。年頭にあたり、会員の皆様の実
り多きを祈念し、激励の言葉をお贈りいたします。