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漢字文化圏の書教育(2015年2月号) [2015]

 今年、中国では学校教育において書道が必修化されます。パソコン、スマホの普及で、漢字を正確に書けない子供が増えているという報告が相次ぐ中の改定です。一番慌てているのが、日本の書道用品を扱う業者です。新たに三千万人ともいわれる書道用品の需要は、特に毛筆の原料となる獣毛の供給を圧迫します。結果、原料の争奪戦が起こり、商品の高騰を招いています。獣毛の輸入を中国に頼っている我が国にとっては、原材料が入手出来ないという事態になりかねないのです。獣毛に代わるものとして、ナイロンの筆を使ったらどうか、という案も浮上しています。従来よりナイロン製の筆は、工業製品を作る過程を中心に使われてきました。これを「書」の場面で使うこともありますが、どうもツルツル、スベスベして墨の含みが悪く、また腰の強さも単調で、よいリズムで線を描けません。もともと獣毛には「毛鱗」という魚の鱗のようなギザギザがあり、そこに墨が微妙にからまって、適度に墨を吐き出していくものです。ですから、ナイロン筆にも、人工的な毛鱗をつけて、天然の毛筆と遜色のないナイロン筆を使おう、という動きも見られます。しかしながら、本物からのみ得られる手や脳への感覚は、人工の筆からは期待出来ないことでしょう。
 韓国も、漢字文化圏に入ります。ハングル文字で、ほぼ用は足りるのですが、高等教育では漢字の学習や毛筆の習字に力を入れています。私が学会などで韓国に出かけると、会場に手書きの毛筆で、立て看板や会次第が立派に掲示されているのを見かけます。また、学校において、生徒に反省を促す際には、毛筆の習字を課す、ということも行われており、これも効果を挙げているといいます。韓国は、世界に先駆けて多額の投資をICT教育に向けましたが、その結論は「高コスト、低効果」ということで、早々と、それからの撤退を進め、ITの普及を制御する政策に着手しています。
 一方、日本はどうでしょうか。習字よりも、英語に重きを置くべきという風潮も感じられなくありません。「手で文字を書く」という作業は、脳の研究をしていると、脳を大きく育む行為に他ならないと知ります。高度な語学力を獲得するためにも、まずその学力の基礎体力を養うことを怠らないことが、教育において重要です。日本の国力の低下を叫ばれて久しくなりますが、こんな時だからこそ焦らず、足元を見直すことが大切でしょう。