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アナログVSデジタル(2014年3月号) [2014]

 電子機器を駆使した相手を、肉体派のヒーローが打ち負かす。といったストーリーの映画をよく見かけるようになりました。ヒーローは時に、言うことを聞かない機械を蹴とばして直し、五感を研ぎ澄ませて敵に勝利します。人間の潜在的な能力の躍動に魅せられ、爽快な印象をもって映画を見了えるわけです。
 これが、逆だったらいかがでしょう。正義の味方は、人類が造り出した機械に最後は負けるのであった、おしまい、では何ともやるせないですね。日々、機械を使いこなしているつもりが、機械を使うことを強いられているようなデジタル社会に我々は暮しています。映画という息抜きの世界では、デジタル派を自認する人々も、実はアナログ派だったりするからこそ、こうした映画が流行するのでしょう。
 今年、開成中学の入試に「かな」の書き順が出題されて話題となりました。ひらがなの「や」と「ら」それからカタカナの「ヲ」です。みなさんきちんと書けますか。また、大学センター試験では、漢文の素読(音読)の効用についての設問がありました。これからの社会、手書きの手紙や対面の会話より、メールで何もかも済ました方が効果的であり、学校教育においてもその技能を習得させることに力を注ぐべきだ、というのなら、もっと設問も違ったものになったはずです。日頃から手で書いたり、面と向かって会話をしたりすることの必要性を現場の教員らも強く感じ始めているようです。
 最近では、教育関係者の研究会などに招かれることもあり、デジタル社会の昨今、中には紙のノートではなくパソコンをノートがわりに使っている人もよく見かけます。そこで、私が簡単な記憶力テストなどをすると、パソコンでノートをとっている人が、手書きでノートをとっている人よりも記憶力が鈍っていたりして、私の話にも説得力が増すところです。まして、このテスト自体、本人に脳の衰えを自覚させる効用もあり、少しずつではありますが、アナログと目される行為の侮り難い側面を知っていただく契機となっています。
 デジタル機器は、人々の暮らしを豊かに明るく照らしてくれる可能性に溢れていると私は思います。ただ、それとどう向き合っていくかについて考えることの方が、今は重要であるとも思っています。この難題を解決すれば、映画で味わうような爽快感が日常の暮しにも訪れてくれるのではないでしょうか。