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補点とは(2022年5月号) [2022]

 「神」や「舞」といった文字の右下にひとつ点が打たれているのを見たことがありませんか。この点は一般に「補点」と呼ばれていますが、他にも「補空」「リズム点」「おしゃれ点」などと呼ばれることもあります。補点は「補空」といわれるように文字の空隙を埋めたり、「リズム点」の言葉どおりリズムを整える役割があります。この補点は篆書には見られません。この書体が使われていた頃は、まだ文字にリズムを加えて書くということはしませんでした。篆隷に筆順なし、という言葉があります。例えば「方」の文字を書くとしましょう。正しい筆順は最後に左下の画を払います。この筆順であれば「トン・トン・トン・トン・スー」というリズムで書けますが、誤った筆順とされる最後に右下の画をはねる書き方だと「トン・トン・トン・トン・トン」と、一本調子になります。
 習字において筆順を正しく書くことは大切です。リズムよく書くことは文字を美しく書くことに通じます。例えば文章に書きおろす際に、「です」「です」「です」と続いたら、今度は「ます」としたくなるもので、「た」「た」「た」ときたら「である」と調子を整えたくなるものです。文字を書く際にもこうした調子を整えることは身らの内なるものを他に伝えるためにも重要です。
 篆書体には補点らしきものは見られませんが、隷書体が書かれた時代の後期の頃には補点が散見されるようになります。レタリングのように非連続の書体であった篆書体にはリズム点の必要がなかったからです。隷書体が書かれるようになると徐々に連続性が高まり、こうしたリズム点が出現してくるわけです。例えば「土」の文字に点が加わった「圡」を見たことはありませんか。これも補点です。もちろん「土」も「圡」も読みや意味はまったく同じです。私の知り合いにも圡方さんがいます。
 たかが点一つの話しですが、この補点の存在は、現代の書が形だけではないことを示しています。言語性、手の巧緻な動き、造形性、それにリズム性を並列的に処理することは手書き以外、人間の他の活動には見られません。文字を打つことが日常となる中において、こうした側面から考えてみると、また手書き教育の意義は明らかになることと思います。