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世界が注目する手書き(2023年1月号) [2023]

 日本語のタイピング化が一般に普及しておよそ三十年が経ちました。難しい日本の文字を手書きせずとも文章を作れる便利な機械を使いこなすことは今や日常に必要なスキルとさえなっています。一方、世界を見わたすと、ここ数年、手書きについての重要な研究が増えてきています。
 これらの研究は主にMRIなどの脳の活動を観察する機械によるもので、それらのほとんどが米国、カナダ、欧米各国の研究です。これらの研究の成果は英語で綴られており、興味がなければ、一般の日本人にとっては縁遠いものです。書字に関する研究者の一人としては、このような論文に目を通すことは必須です。これら科学論文は、「概要」「はじめに」「方法」「対象」「結果」「考察」と、型が決まっており、読み方が分かれば自分の研究が今、どの地点にあり、新たな知見として何を加えようとしているのかの位置づけが出来ます。日本がこの分野において研究が遅れている理由に、そもそも言語の中のとりわけ書字を領域としている研究者が非常に少ないことがあります。小学校においては毛筆習字が必修で、上代の頃よりの豊かな書字文化を誇る日本において、なぜここまで手書きについて研究が進まないのか不思議です。もう一点、例えば「うさぎ」とタイピングしようとします。ローマ字入力なら「USAGI」と音を打てばおしまいですが、英語なら「RABBIT」と打つか変換しなければなりません。中国語でもこれらをすべて漢字に変換しなければなりません。こうしたタイピングのし易さも日本での手書きの研究が進まない原因なのではと考えています。
 海外の研究に目を向けると、例えば足に筆記具をはさんで書かせたり、ただ円を描いたり、指で机を叩いたりするのと、効き手で文字を書いたりする違いを観察したりしています。文字を書くには、その文字をどう書くか頭の中で計画しなくてはなりません。タイピングなら、描く文字と指の動きが一致しないし、紙面に適度な筆圧で書くという調整も不要です。これら海外の機械を使った研究と失書症などの研究により手で文字を書くことは非常に多くの脳の領域を同時に使用することがわかってきています。ただし、このネットワークが互いにどのように作用しているのかは、これからの研究に委ねられるところです。
 書字の研究者として、日本の文字を書く難しさと同時にその奥深さを日々感じています。日本の文字を手書きすることは日本の力の源であると私は確信しています。