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筆圧について(2016年1月号) [2016]

 あけましておめでとうございます。昨年暮れには表彰式で大勢の会員の方々とお会い出来ましたこと嬉しく思います。今年、更なる飛躍がありますよう祈念しております。
 最近、子供達の筆圧が弱くなってきているとよく聞くようになりました。筆圧とは、線の強さのことです。私が添削指導する際に気付くことなのですが、生徒の作品の中で他よりも線の弱い文字があるとします。この字は苦手な文字でしょう、と問うとだいたい当たります。また、普段めったに書かないような文字が課題として出題されると、その字だけが他より細くなる傾向が全体でも見られます。腕力が強ければ、筆圧の強い文字が書ける、というわけではないのです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
 文字を書くには、筆記具から手にかかってくる筆圧を感じ、それを運筆のエネルギーに変えます。人間には五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)がありますが、欧米では、六感まであって、それが圧覚です。「手は外部の脳」といわれます。手は外界からの情報を察知し、それをコントロールします。また、皮膚は「露出した脳」ともいわれます。動物の起源をたどると、ゾウリムシやアメーバといった単細胞生物にさかのぼれます。これらの生物は、細胞膜が外の世界を知覚し、行動を判断し、決定する役割をもっています。脳がない単純な生物でも、皮膚に相当する細胞膜が、脳と同じような働きをしているのです。つまり、皮膚は単なる膜ではなく、脳の機能も備わっているのです。
 特に「手のひら」の感覚は敏感です。手をおおう皮膚は後面(背部)が薄く0.4㍉であるのに対し、前面(腹部)は0.7㍉と分厚くなっています。皮膚には感覚神経線維の末端が集中しています。文字を手書きする場合、言葉の読みと意味を考え、形を想起し、運筆のリズム、配字、字粒、細かい線のかきぶりにも同時に配慮しなくてはなりません。これらのことに気をとられていれば、その分、圧覚に注がれるべき脳の活動は弱くなるわけです。つまり、美しく力強い文字を書くためには、脳の様々な領域を並列的に動かさなければならないということです。
 「一」の線をトン・スー・トンとリズムよく書くにしても、手の圧覚が鋭くなければ、うねりが出てしまうものです。古人が、「脳の中身が描き出す絵」と呼んだこの手書きの文字の異変に世間の関心が向けられようとしています。手で文字を書くことが、人間にとってどういう意味を持つかについて、より多くの人が考え始める、そんな年になればと願っております。