SSブログ

書道と日本経済(2017年1月号) [2017]

 手書きすることが少なくなったと言われるようになって久しいこの頃です。情報通信革命は、コンピュータ技術の発達によってもたらされたことはいうまでもありません。AI (人工知脳)が今後、社会をどう変えていくかについても、その確かな将来像は見えてきていません。
 およそ二百五十年程前に起こった産業革命は当初、人類に絶大な恩恵をもたらすものとして歓迎されました。しかし、女性や年少者の苛酷な労働、公害など新しい負の側面の問題も次第に顕在化してきます。社会はこれに対し、労働法の制定や各種公害対策、教育の充実、資本集中の抑制など様々な政策を講じ、産業革命の負の側面をカバーしてきました。これは現在至るまで、またこれからも不断に必要とされる意図的な社会政策です。
 産業革命が、人間の「筋肉」を代替する変革だとしたら、情報通信革命は人間の「脳」を代替する変革になります。筋肉も脳も使えば強くなりますし、反対に使わなければ弱くなっていきます。筋肉なら、その衰えは目に見えて明らかですが、脳はそれ自身には知覚や痛覚がなく、また精密な器官であるが故、硬い頭蓋骨に覆われ、その状態は外からは窺い知ることは出来ません。産業革命を鑑みるに、その渦中にあるがゆえに見えてこないその副作用に目を向け始めなければならないはずですが、それを意識する役割自体が脳であることが、この問題への対応を複雑にさせています。
 他国は多かれ少なかれ情報通信革命の負の側面に対する施策を始めていますが、日本はこの面で大きく後れをとっています。その理由には、日本の文字の手書きすると難しく、打つと大変簡単になる特性が関係しているのではないでしょうか。そして脳には心理を司る役割があります。言語と脳とは大変深い関係にあるのです。
 消費意欲を始め活発であったはずの日本の動きが停滞しています。金融政策などは、まさに人の脳の性向が常に一定であることを前提に行われています。情報通信革命による脳自身の変化をふまえて施策をなすことなしに、日本経済の発展はありえないと私は考えています。
 脳科学の進歩のおかげで、この見えない、しかも自覚も出来ない脳の構造と機能が明らかになってきています。手で文字を書くには脳の様々な領域を同時に用いなくてはなりません。意欲を司る前頭前野を中心として、様々な脳の領域を結びつけていくことが出来るわけです。逆にこの前頭前野と他の領域のつながりを少なくすると、人は周囲や仕事、食事、将来などに無関心となり全般に意欲が低下してしまうことも分かっています。
 産業革命の負の面を、人類は時勢の流れに任せず意図して人為的にそれを克服してきました。情報通信革命において手で文字を書くことは、これも世の流れに任せてだけではいけないはずです。
 書をすることは、実に大変な行為だと思います。それに果敢にも意図的に組みしている方々に幸多き一年であることを祈念しています。