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漢字かな交り文を書くということ(2020年3月号) [2020]

話し言葉はあっても、文字を持たない言語は現代でも存在します。日本も大陸から漢字が伝来する前はそうでした。日本人は漢字の意味を学び、言葉を文字にしていきます。それと同時に漢字の音を借りて日本語を書く、ということも始めます。「古事記」は現存する日本で最も古い歴史書です。碑
ひ えだのあれ田阿礼が天武天皇の勅令で誦習した帝紀及び先代の旧辞を太
お おのやすまろ安万侶が元明天皇の勅によって選録して七一二年に完成しています。この序文には「碑田阿礼の言っていることを漢文で表わすと文章のニュアンスがうまく伝わらないし、漢字の音だけを借りて、つまり表音文字だけで表記すると長たらしくなって読みづらいので、漢字かな交り文とした。」とあります。
 中国語や英語は、いわゆる表意文字で文が構成されています。音の高低で言葉をいくつにも使い分ける中国語において、表音文字のみで文を作ることは難しいでしょう。英語にしても、それがすべてローマ字で書いてあったら、スペルをいちいち覚える負担は減るでしょうが、視覚的な認識性という文字言語の存在価値が薄められてしまいます。
 現代の脳科学は、漢字を書く脳内の経路と、かなを書く経路が異なっていることをつきとめています。十九世紀以降、言語の脳科学をリードしてきた欧米の研究では説明のつかない現象が日本の文字を書く上で起こるからです。これは脳の疾患により漢字だけが書けなくなったり、かなだけが書けなくなったりすることから研究者が気づいたことです。
 日本語と同じく表意文字と表音文字を交ぜ書きにして文を構成する言語に、古代エジプト語のヒエログリフがあります。「文字を書く」という脳のしくみでいったら、中国語や英語よりも日本の文字は、かの文明を築き上げた古代エジプトに似ている、ということになるわけです。
 日本語は英語のようにスペルを知らなくても、音を入力すれば「書ける」言語です。日本語を打つことは多くとも、書くことの少なくなったという人の多いこの頃、日本の文字を手書きすることとは一体何なのかについて考えてみなくてはならないと思います。