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心閑にして楽余り有り(こころかんにしてらくあまりあり)(2024年1月号) [2024]

 昨年は四月に六年ぶりとなった東京書藝展が池袋の東京芸術劇場において、また十一月には快晴の文化の日に明治記念館において授賞式が滞りなく開催出来ましたこと、会員の皆様に厚く御礼を申し上げます。日本の文字を美しく書くことの大切さを皆様が理解され、豊かな日本の社会の魁(さきがけ)とならんことを祈念しております。
 コロナ禍を経て世間では様々なイベントが再び行なわれるようになりました。書の世界でも、展覧会や表彰式は大切な行事に位置づけられます。ただし、書の行事には特有の性格があります。そこには他者との勝負を競うようなものでもなく、熱狂や興奮といった感情の高まりとは縁遠い自省の世界が広がります。
 人間の脳にはデフォルトモードネットワークという機能が存在していることが分かってきています。これは安静にしている状態で活動を始める脳の機能で、対人関係などコミュニケーション能力といった人間の高次な機能の活動を促します。じっと何もしないで座っていると、一見時間を無駄にしているようですが、こうした効果が最新の脳科学では分かり始めています。
 「心閑にして楽余り有り」という言葉は南宋の葉夢得の言葉です。心がのどかで雑念がないと、尽きない楽しみが生ずる、という意味です。心の安寧が大きな福徳に通じるという先賢の言葉は多くあります。「心和し気平らかなる者は、百福自(おのず)から集まる」という言葉は明の洪応明「菜根譚」によります。心が和やかで気持ちの平静な人のもとにはあらゆる幸福がおのずと集まるという意味です。
 紙の前に端座し、心静かに筆を執ることは先の見通すことの難しい複雑な現代において、物事を理解し、判断し、解決する有効な手段であると私は考えています。ぜひ日本の文字を美しく書く生活習慣を大切にして下さい。この一年が皆様にとりまして実り豊かでありますことを祈念しております。